コーヒーハウスとティーガーデン
英国紅茶文化の礎を築いたコーヒーハウス
英国紅茶文化の礎を築いたともいえるのが、コーヒーハウスに代表される喫茶店の存在です。オランダには出遅れたものの、英国でも17世紀の半ばになると茶(当初は緑茶)、コーヒー、チョコレートの3つが広まりました。その中で、茶よりもひと足早く普及したコーヒーを飲ませる店として急速にその数を増やしたのが、ロンドンの商業地帯に次々と誕生したコーヒーハウスでした。
このオーひーハウスの人気の背景には、新しい情報媒体として同時期に発達した新聞の影響が強くあったといわれています。というのも、コーヒーハウスでは1ペニーの入店料だけで客に新聞を読ませるというサービスを提供したため、たちまち商人たちの情報交換の場となったのです。コーヒーハウスの大部分が商業地帯に集中していたのも、このことが理由でした。
紅茶の普及
しかし、コーヒーハウスはあくまでも男性の社交場であったため、女性や子供たちが茶に触れる機会は訪れませんでした。当時、英国に輸入されていた茶全てオランダ経由のものでしたが、やがて英国の東インド会社が本国での茶の需要の高さに気づき、茶の貿易に本格的に取り組み始めました。その結果、中国のアモイから茶が直接輸入されるようになり、福建省の武夷産紅茶が緑茶に代わって輸入されたのです。これを機に英国にも大量の紅茶が入るようになったため、コーヒーハウスだけではなく、上流の家庭にも紅茶が普及しました。
ティーガーデンの誕生
しかし、紅茶を多くの英国人に認知させたのは、1730年代に誕生したティーガーデンでした。ロンドンの郊外に次々オープンしたティーガーデンは、音楽などとともに紅茶を出す屋外の娯楽施設で、18世紀の英国上流階級の人々に広く親しまれました。しかし、酒類のないティーガーデンはやがて男性たちの人気を失い、加えて女性主体のアフターヌーンティーの風習が家庭で一般化したために、19世紀半ばには全てのティーガーデンが姿を消してしまいました。
